ろまんくらぶ「仮面の天使」160

夕食を知らせるために、執事がアンディの書斎へやってくる。会社の次期オーナーともなれば、その部屋には書籍が詰まっていて、雰囲気は落ち着いていて、少し重々しかった。
「アンディ様、お食事の準備が整いました」
「わかった。すぐ行く」
食事の美味しさに、温度が深く関わっていることを彼は承知していた。チェン家には専門のシェフがいて、いつも丁寧に食事を創ってくれていた。

手にしていた書物を閉じると、彼は部屋からダイニングへ向かうため階段を降りていく。今夜は両親はパーティーで外出しているため、食卓には彼ひとりだった。兄弟でもいればもっと賑やかなのだろうが、それも今はあまり気にならなくなっていた。ひとりっ子であることを昔は少し寂しく思っていた。

「今夜は何かな?」
「フレンチの少しビストロ風の牛肉の煮込みでございます」
その香りがキッチンから漂ってきてアンディの鼻をくすぐる。その途端に彼は茉莉の甘い香りを思い出す。意識すると頬が少し赤くなる。
「ああ」
彼は思わず声を漏らす。
「どうかなさいましたか?」
執事が怪訝そうな顔をする。
「なんでもない」
否定しながらも彼の心臓は早鐘を打ち始める。
「どうしよう」
「何がでございますか?」
「いや、大したことではないけれど」
「けれど?」
「うん。いや、大したことではないんだ。ちょっと大学の授業のことで」
「左様でございますか」
「うん。何でもないよ」
「かしこまりました」
その時、執事の目にはいつもとは様子の違うぼっちゃまの顔が映っていた。彼の勘は鋭い。幼い頃からアンディを見守っているのだから、アンディの気持ちまで読み取れる。大学で何かあったと執事は感じた。

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