ろまんくらぶ「仮面の天使」173

隣の女性と話しながら健はだんだん自制が効かなくなってきているのを強く感じる。話も合うしなんとなく行けそうな印象を彼女は彼に与えた。食事が一通り終わると彼は彼女につい聞いてしまう。
「この後、予定あるの?」
「あ、ちょっと散歩でもしようかなって」
「夜なのに?」
「うん。夜に浮かぶ梅の花でも見ようかなって」
「つきあおうか」
「そうしてもらおうかな」
2人は会計を済ませると店を出る。早春の夜風は不安定な心を揺さぶる。健は彼女に案内されて、梅の花が咲いている河岸につく。先ほどと比べて彼女は無口になる。

梅の花が空を覆うように真っ白く咲き、あたり一面に芳香を漂わせている。その下まで来ると彼女はポツリと呟く。
「こんな風に、夜風に吹かれながら、よく彼と花々を見にいっていたの」
心なしか彼女の瞳は濡れているように見える。
「愛していたんだけど。とっても」
その言葉を聞き、健の中にあった、浅はかな欲望は霧散する。
「彼にとってはどうだったのかなって。ふふ」
寂しそうな笑顔を彼女は浮かべる。

その梅の花の純粋な輝きが、健の胸に痛みを感じさせる。彼自身が壊してしまった煌めくような透明な心を未だ取り戻すことはできていない。それなのに、、。彼は拳をぎゅっと握る。

目の前にいる女性は無くした大切な愛の陽炎の中でさまよっていて、脆くて、崩れそうな様子だった。

彼は自分を恥ずかしいと思う。無神経な自分を白いペンキで塗りつぶしたくなる。

夜は繊細な影で傷ついている心を覆い隠す。

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