ろまんくらぶ「仮面の天使」158

授業を知らせるベルがなり、茉莉は教科書を閉じる。
「ふあ」
なんとなくだるくてあくびが出てくる。教室を出ようとしたところで、後ろから来た留学生に話しかけられる。
「あの、ノート、見せて、もらえますか」
彼はカタコトの日本語で話す。
「あ、うん。いいよ」
彼の名前は知らなかったが、いつも彼女の席の付近に座っていて、顔は知っている。ひょろっとしていてメガネをかけていて、真面目そうな印象だった。ただ、授業の内容が時々難しいのか、首をひねって焦りながらノートをとっていることがあった。そんな彼はまだ大学に入学したばかりの彼女自身を思い出させたので、彼女は彼を図書室のプライベートルームへ連れていくことにした。
「ここは、、?」
「ここ、知っておくといいよ。大抵空いているし、静かに話しながら勉強できるし、、。予約もできるし」
「ありがとう」
「じゃあ、座って」
「うん」
「ノートと教科書出して」
「うん」
「どこがわからなかったのかな、、」
「えっと、そのフロイトとユングの違いのところ」
「ああ、そこは、、、」
その部分は一見簡単そうな箇所だけれど、深く掘り下げるとなかなかに難しい。特に今日先生が話した微妙なところは茉莉も必死にノートをとった。
「んと、、、そこはね」
茉莉の甘い香水の匂いが男子留学生の鼻先を掠める。彼は少し赤くなる。意識を勉強に集中しようと彼は必死で彼女の説明を聞く。
「で、こうなって、、」
「はい。わかってきました」
「ね。まあ、こんな感じ」
茉莉が一通り説明すると彼も納得したようだった。彼女が時計を見ると友人達との約束の時間が近づいてきていた。スマホを取り出すと彼女はメッセージを送る。
「ちょっと遅れるかも」
すぐに返信が来る。
「りょーかい」
彼女が席を立とうとすると、彼は自分の名前を名乗る。
「僕はアンディ・チェン。君は?」
「茉莉でいいよ」
「じゃあ、茉莉さん。僕もアンディで。今日はありがとう。すごく助かった」
そう言う彼の腕にはなんだか高そうな腕時計が光っていた。どこかのおぼっちゃまなのかなと茉莉は感じる。そう考えると上品な物腰も納得がいく。
「また、教えてもらえるとありがたいです」
「いいよ。わからないところあったら、できるだけは」
「ありがとう」
これ以上、密室に二人でいると彼はなんだかモヤモヤした気持ちになりそうだったので、手早くノートと教科書を鞄にしまう。横にいる茉莉の髪が夕日にキラキラと光っている。
彼女は彼のそんなそぶりには気付かずに、テキパキと片付けると立ち上がる。
「じゃあ、また、来週ね」
「うん。また」
ガラッとドアを開けると茉莉は結構早足で図書室を出て行く。彼女の香りが風に乗ってアンディの意識をくすぐる。

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